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サインペンの歴史

今回から暫くは、サインペンについて考察していきます。

インクの出し方という分類において、この世にあるあらゆる筆記具は、3つの種類に大別できます。

つまり、万年筆を筆頭とする金属など堅いペン先にインクを伝わらせて書くタイプ、先端にボールが埋め込まれたボールペンタイプ、そして先端に配置した繊維質の素材をインクが伝っていくタイプです。

堅いペン先にインクを伝わらせるタイプには、万年筆の他に羽ペンやガラスペンなど金属以外の材質の物も含まれ、主に毛細管現象を利用してインクを伝えます。

ボールペンタイプも、油性、水性、ゲルインクなどのインクの特製やボールの素材も様々ですが、先端のボールの回転でインクをはき出すと言う点が共通の仕様になります。

それに対してサインペンは、布とか糸のような繊維の束の中をインクが伝わって行くタイプの筆記具で、サインペンの他にマジックや蛍光ペン、さらに毛筆の筆なども範疇に入ります。(私の見解ですが。)


この稿の題名は「サインペンの歴史」であり、先週からサインペン、サインペンと呼んでいますが、実際にはこのサインペンという呼称はぺんてる(株)の商標で、本来特定のペンをさす言葉です。

この分野のペン全体をさす呼称としては、フェルトペンという呼び方が最も適しているような気がします。

一般にフェルトとは、動物の毛を集めて圧縮し固めたシート上の物をさし、布のように織らないため不織布とも呼ばれ、帽子や敷物、コートなどに使用されます。

実際フェルト製のペン先メーカーにテイボーという会社がありますが、この会社は元々は明治29年創業のフェルト製の高級紳士帽子の製造会社であり、当時の名前は「帝国製帽株式会社」というものでした。

ちょっと脱線しますが、私の家の近所にテイボーの営業職をしていた小鹿さんという人が住んでいて、たまに会社にも遊びに来ていました。

小鹿さんは帝国製帽時代からの営業マンで、若い頃はフェルトの帽子を売り、中年になってからはペン先を売り歩いていました。

帽子を売らなくなってからも、いつも洒落た帽子を被っていて、僕の帽子好きに影響を与えてくれた人でした。


ただ現在のサインペンではフェルト以外の化学繊維も使われているため、フェルトペンという呼び方でさえ、正確さに欠けます。

正しくは繊維製ペン先ペンであり、インクを、繊維を固めたペン先に伝わらせて供給するペンと言うことになります。

サインペンと並んでフェルトペンの代表的存在であるマジックインキは、寺西化学工業の製品名ですが、現在では油性のフェルトペンをマジック、水性のフェルトペンをサインペンと呼ぶこともあります。

その他にはマーカーと言う呼び方も一般に使われていますが、ここでは便宜的にそれらを総合してサインペンと呼ぶことにします。

サインペンの発祥の地はヨーロッパ、一説には18世紀の英国で、貴族が室内の装飾へ用いられていたフェルトを使い、先が細くなった金属の筒へはめ込み、インクを染み込ませながら用いたとウィキにはあります。

それが徐々に一般に行き渡り、19世紀後半にはヨーロッパやアメリカで工業的に生産されていたようです。

記録に残る所では1940年代後半にアメリカのシドニー・ローゼンタールと言う人物が、彼の会社であるスピードライ化学製品社からブラッシュペンの名前でフェルトペンを発売したとあります。(後にマジックマーカーと改名。)

卓上旋盤


日本でのフェルトペンの元祖は、1953年に寺西化学工業から発売されたマジックインキです。

寺西化学がマジックを開発したきっかけは、太平洋戦争の終結から6年後の1951年に行われた「アメリカ産業視察団」に遡ります。

その視察団の中に当時内田洋行の社長であった内田憲民氏がいました。約3ヶ月にわたる視察の間に内田社長は色々な商品を購入しましたが、その中に、先週紹介したスピードライ社のフェルトを使ったブラッシュペンがありました。

帰国後に開かれた見本市会場でこれを見つけた寺西化学工業の寺西長一社長は、さっそく内田氏にこの新しいペンの研究開発をしたい旨を申し出て、ここに国産のフェルトペンの開発が始まりました。

卓上旋盤

しかし内田氏の持ち帰ったスピードライはバラバラに壊れていて、寺西社長はその残骸から構造を想像し、とても苦労をしてマジックインキを開発したそうです。

当時はまだ戦後の混乱期で物資も不足している中、インクや容器なども一から開発し、特にペン先のフェルトについてはさんざん研究した末に行き着いたのが前々回紹介した高級紳士帽子の製造会社であった帝国製帽株式会社でした。

帝国製帽からのフェルトの供給でマジックは完成。日本初のフェルトペンには帽子屋さんの技術が活かされているんですね。


苦労して開発し、発売にこぎ着けたマジックインキですが、一般に普及・浸透するまでには、また販売面での苦労もあったようです。

何しろ今までの日本には存在しない商品だけに、認知度が高まるまでの最初の数年は全く売れなかったようです。

さらに、使い終わったらキャップをするという習慣もなかったために、すぐにインクが乾いてかけなくなり、クレームも山と来たとか。

そんな中、人気漫画家の長崎抜天さんが使用して一気に認知度が上昇したり、段ボールの普及で好んで使用されたりと、マジックは徐々に日本中に広まっていきました。

先週と今週で、マジックの開発秘話をさらっとお伝えしましたが、このあたりのくだりは、寺西化学工業のサイトに詳しく書かれています。

開発の苦労話、発売から大ヒットまでの経過など、とても面白くまとめられていますので、興味のある方はチェックしてみて下さい。
http://www.guitar-mg.co.jp/story/index.html

ちなみに、マジックの商標権は、開発の経緯から、今も内田洋行が所有しているそうです。

自動旋盤


油性のマジックが発売されたのが1953年(昭和28年)であるのに対して、水性のサインペンの発売はマジックから10年遅れた1963年(昭和38年)になります。

発売したのは現在のぺんてる、当時の社名で大日本文具株式会社で、サインペンの名称も、実際にはぺんてるの商標になっています。

サインペンの発売前からぺんてるでは、動物の毛を使ったフェルトの代わりにアクリル繊維を使って細字を実現した油性のフェルトペンを販売していました。

細字を開発したのは、マジックが画用紙に絵を描いたり段ボールへの筆記に使われていたのに対し、紙への用途を意識したためでしたが、ただ油性インクでは紙に書いた時に滲みや裏写りの問題がありました。

そこでぺんてるは従来よりも細字で、普通の紙に書いても滲みや裏写りの無い水性のフェルトペンの開発を始めました。

単純にインクを油を使わない水性に変えるだけではなく、粘度のない水性でもインクを保持する中綿やより堅いアクリル繊維のペン先、本体ボディまで全て新規で、3年の歳月をかけての開発でした。

このあたりの開発ついてのエピソードは、以下のサイトで詳しく書かれていますので、是非ご覧ください。
http://www2.nttcom.co.jp/comzine/no038/long_seller/index.html


研究に3年を費やし、自信を持って発売を開始したぺんてるのサインペンですが、始めはなかなか国内では売れなかったようです。

そこでぺんてるはアメリカ市場での売り込みを図ることにし、各地で営業活動をする傍らシカゴで行われた文具国際見本市へ出展しました。

会場で来場者にサンプルを配布したところ、そのうちの1本がなんと大統領付きの報道官に手に渡り、さらに当時のジョンソン大統領が報道官が持っていたサインペンをたまたま使う機会に恵まれたのです。

大統領は、サインペンの滑らかな書き味をいたく気に入り、なんと24ダース(288本)のサインペンを発注したのです。

さらにジャーナリストがこの話を聞きつけ、大統領が大量発注した不思議なペンとしてNewsweek誌に掲載し、全米にサインペンが知れ渡ることになったのです。

これをきっかけにアメリカで人気に火がつき、作家デザイナーたちによる口コミも手伝って、アメリカ上陸1ヶ月でなんと180万本の売り上げを記録したそうです。

半月


ジョンソン大統領からの注文によって猛烈に売れ出したサインペンですが、さらに、NASAによる採用で販売がさらに加速します。

無重力状態においては、万年筆や通常ボールペンのように重力によってインクタンクのインクをペン先に送るペンは使えません。

サインペンはインクタンクの中で中綿にインクが染み込んでいて、繊維を伝ってインクが運ばれるので無重力でも、重力かで逆さにしても安定した筆記が可能です。

この点に着目したNASAは、公式スペースペンとして宇宙飛行士の筆記具として指定します。のちのアポロ計画へとつながる1965〜66年の有人宇宙飛行、ジェミニ6号・7号にサインペンは乗船し、宇宙を旅して還ってきたのです。

(その後、米国のフィッシャー社が密封加圧式のボールペンをスペースペンとして開発して、今はこちらが多く使われているようです。)

このあたりの開発ついてのエピソードは、以下のサイトで詳しく書かれていますので、是非ご覧ください。
http://www.pentel.co.jp/pentelcity/library/2003_8/


寺西化学工業の油性マジック、ぺんてるの水性サインペンと紹介してきましたが、ペン先に繊維を使ったペンでもう一つ大きな市場を持つ物に筆ペンがあります。

筆ペンそのものについての詳細説明はいらないですね。定義としては、ペン先が筆になっていて、インク(墨)が本体軸の中に収容されており、別に墨を用意しなくても連続で毛筆の墨文字がかけるペン、ですね。

筆ペンと言えば、なんと言っても呉竹の筆ペンが思い起こされます。現在も圧倒的なトップシェアですね。

株式会社呉竹の創業は明治35年と古く、始めは(現在も)墨や墨汁を作るのが中心事業でした。

その呉竹が筆ペンを発売したのは1973年(昭和48年)。ほぼ同時期にセーラー万年筆やぺんてるも筆ペンを発売していますが、もっとも完成度が高く、つまりこの場合は筆の感触に近く、もっともヒットしたのが呉竹製でしたので、この稿では呉竹製に絞って紹介していきます。

ちなみに筆ペン発売の10年前になる1963年に、ぺんてるがサインペンを発売しましたが、同じ年に呉竹からもサインペンが発売されています。

墨から始まった呉竹に対してぺんてるの創業者は筆職人だったそうで、筆ペンの発売も両者は同年。競い合っている様子が読み取れますね。

NC旋盤


呉竹が筆ペンの開発に乗り出したきっかけは、意外にも為替の急激な変動だったそうです。

1971年、ニクソンショックに続くスミソニアン協定でドルは急激に値を下げ、円高による輸出の減少に繋がりました。

当時の呉竹は、サインペンの対米輸出が販売の多くを占めていたため売上げは激減。生き残りをかけて国内向け商品の開発を始めました。

そこで、元々の本業である墨づくりと、サインペンの製造で培った筆記具の技術を組み合わせた製品として、インクを墨汁にペン先を筆にした筆ペンを開発することになりました。

ちょうど当時はボールペンやサインペンが広く普及し、毛筆の使用量が激減していました。

しかしその一方で、芳名帳や熨斗紙への署名などの場面で毛筆は求められており、サインペンの手軽さで筆文字を書ける筆記具への要望が高まっていました。

そのため多くの筆記具会社が同時期に筆ペンの開発を始めており、実際筆ペンの第一号は呉竹より1年早く発売したセーラー万年筆でした。


呉竹より1年早く発売された他社の筆ペンでは筆独特の書き味が再現されていないと感じた呉竹の開発陣は、書き味を追求した筆ペンの開発に没頭します。

具体的に目指したのは、筆圧の強弱によって太い字と細い字を書き分けられ、トメ・ハネ・ハライが可能なペン先でした。

動物の毛に似せて成型するナイロン製のペン先を、堅く固めてしまうとサインペンのようになって太い線が書けず、柔らかくまとめないように成型すると細線が上手く書けないばかりかインクがボタ落ちしてしまう。

この問題を解決するために試行錯誤の上にたどり着いたのは、ペン先のナイロンの束を成型する際にひねりを加えておくことでした。

それによって、筆圧をかけない状態ならペン先のナイロンの束がばらけないのでインクがボタ落ちせず、そっと書けば細い字が書け、筆圧を加えた時だけ芯がばらけて太い字も書けるようになったのでした。

この工夫によって、呉竹の筆ペンは、ほぼ同時期に発売された他社の筆ペンを圧倒してトップシェアを握りました。

パワータンク


さらに呉竹では、工場出荷時にインクを充填せずに、万年筆のようにボトルを添付しておき、購入者が初めて使用する直前に充填して貰うようにしました。

それにより、ひねりを加えているとはいえサインペンに比べれば繊維のばらけている筆ペンでも、店頭で立て置きされてもその向きによってインクが落ちたり、逆に軸に戻りすぎたりする心配もなくなりました。

ボトルを添付した状態のパッケージにするために、当時ではまだ珍しかったブリスターパックを採用し、インクボトルと説明書を1パックにして発売しました。

こうした苦労を経て発売された呉竹の筆ペンは大ヒットをし、その後も改良を重ねつつ現在まで続いています。

ここまでの記述は主に以下の呉竹のホームページから引用しました。
http://www.kuretake.co.jp/create/brush/story.html
駆け足で紹介したこの稿よりも、面白くまとまっていますので、是非ご覧ください。

現在では、インクも購入時から充填されているタイプに変わっており、万年筆タイプの高級品なども発売されて豊富なバリエーションが揃っています。呉竹の他には、現在ぺんてるが高いシェアを持っていますね。

バイト台


今回からはサインペンの一種である蛍光ペンについて、その歴史を見ていきたいと思います。

蛍光ペンは英語では「Highlighters(ハイライター)」。文字の上から重ね書きをして、下の文字を目立たせる、あのおなじみのペンですね。

蛍光ペンを初めて開発したのはドイツの筆記具メーカーのスタビロで、スタビロの蛍光ペン「Boss」は現在でも世界で最も売れている蛍光ペンです。

スタビロは1855年にドイツのニュールンベルグで、鉛筆工場として創業されました。当時の社名は「Grosberger und Kurz」。人名(2人)ですね。

創業の10年後に財政危機に陥っていた工場を、グスタフ・アダム・シュバンハウザー氏が買い取り、それ以後彼の家がオーナーとなっています。

現在もシュバンハウザーが統括会社としてあり、スタビロはその系列の筆記具部門の会社名となります。筆記具の他には、化粧品やアウトドア用品などを取り扱っているようです。

シュバンは英語でスワン白鳥の意味なので、今もスタビロのロゴマークは白鳥です。(創業者の名前をスワン・ハウザーとする記述がネットに散見されますが、実際はスワンハウザー全部が姓になります。)

ジェットストリームボールペン


1971年、訪米中だったスタビロの4代目社長であるグンター・シュバンハウザー氏が、学生がフェルトペンで教科書を塗っているのをたまたま見かけ、フェルトのペン先に蛍光インクを組み合わせた蛍光マーカーを思いつきます。

そしてスタビロではその年のうちに、世界で初となる蛍光マーカーの「ボス(Boss)」を発売します。

この「ボス」は、単に従来のサインペンのインクを蛍光インクにしただけではなく、画期的なデザインの採用で、これまでのペンとは一線を画す革命的な製品でした。

先ず第一に大抵のペンについているクリップが無く、本体がずんぐりとした幅の広い平面形になっています。

クリップの用途というのは、シャツのポケットに差すためと、ペンの転がり止めの意味もあるのですが、蛍光ペンの場合はシャツに差して持ち出すことはあまり考えられないし、本体が平たければ机の上で転がることもありません。

幅広で厚みもある四角い本体は、手に持つと文字は書きにくくても、線を横に引きやすく、またインクもたっぷり入ります。

完成バイト


ペン先のフェルトも、サインペンのように円錐状に細くなって行くのではなく、平らで幅のあるペン先にすることで、幅の広い線を横に引くのに適した形になっています。

丸いペンに幅広のペン先がついているとペン先の向きを確認しつつ握らなくてはなりませんが、平たい本体の場合、裏表だけ間違わなければ、握った瞬間にペン先の向きも決まるので、煩わしさがありません。

本体はずんぐりとした幅広形をしていても、ペン先に近い部分はキュッと細くなっているので、文字の上から狙って線を引く際にも視界が良く、線を引きやすくなっています。

こうして生まれた「スタビロ ボス」は瞬く間に世界中で受け入れられ、大ヒット商品となりました。

1990年には累計販売本数が5億本を、さらに1996年には累計10億本を越え、発売40周年を迎えた2011年の時点では、世界中で毎秒2本ずつのボスが売れているそうです。

長らくニュールンベルグの下町に本拠を構えていたスタビロ社は、1995年には、少し離れた郊外のヘロルズベルグという街に本拠を移しました。

現在もシュバンハウザー家のもと、若者向けの安価でポップな文具を作り続けています。


今、筆記具売り場に行くと、いろいろなアイデア蛍光ペンも売られていますので、今日はその中のいくつかを紹介したいと思います。

先ずは本体の樹脂が透明で、中のインクの量が一目で分かるタイプ。油性のボールペンと違い蛍光インクはさらさらの水性なので、液の動きが見えて残量が分かり易いですね。

そして今やすっかり定番になったのが、ペンの両側にフェルトがついていて、片方が角張った形のフェルトがついた太字で、もう片方が丸いペン先の細字になっているタイプ。

これも、さらさらインクと、フェルトの繊維を液が伝わる方式だからこそできるアイデアです。

水性インクは乾燥蒸発するためキャップの使用が欠かせないのですが、最近ではノックと連動してペン先が本体に格納され、さらに先端穴が塞がって乾燥を防ぐキャップレスタイプが発売されています。

シャーボX

忙しい事務仕事には、キャップの着脱をしなくてすむノック式はとてもありがたく、私の日常にも欠かせないものになっています。

その他、あまり普及はしていませんが、インクを吸入して補充できるタイプなんてのもありました。

チャック


ここまで色々な種類のサインペン(フェルトマーカー)の歴史を見てきましたが、最後にもう1種類、消せるマーカーについて見ていきます。

日本ではほとんど普及していないのですが、欧米などでは特定の場所(遊園地や投票所)への入場証として消せるマーカーあるいは見えないマーカーがよく使われるそうです。

手の甲などに直接専用マーカーで記入する、又はスタンプして再入場時などのチェックに使うもので、だんだん消えるものと最初から透明で紫外線を当てると蛍光するタイプがあるようです。

もう一つ消せるマーカーとしてすぐに思いつくのが、ホワイトボード用のマーカーですね。

仕組みとしては、通常のインクには添加剤として定着剤が入っているのに対し、ホワイトボード用のインクには定着剤の代わりに剥離剤が添加されています。

ボードに文字を書くと、溶剤のアルコールは揮発し、着色剤(顔料)はボード面から浮き上がり、剥離剤だけがボード面に付着している状態で定着します。(何故そうなるのかは勉強不足で分かりません。分子の比重の問題でしょうか。)

ボード自体はガラスコートされていてインクが全く染み込まないので、その状態から白盤消しで拭くと、剥離剤がボードから離れると共に着色剤も取れて文字が消えます。


ホワイトボードは元々文字を書くためのものではなく、黒板のように文字は書けないけれど、磁石で貼った書類が見やすいように白のホーロ−などで作られ使用されていました。

鍋などによく使われるホーローは、鉄などにガラス剤を塗膜したものなので、磁石が効いて表面がツルツルしていました。

この初期のホワイトボード製造会社の1つであった日本統計機株式会社の黒岩和雄社長が、このホーローの表面ならインクが染み込まないからマーカーで書けば文字が消せるのではないかと思い立ち、開発販売したのが最初の発明のようです。

(この情報は、同社のサイトから見つけました。他に発明に関する情報がネット上で見つからなかったので、ここでもそのまま記述します。)

全世界で広く使われているホワイトボードが日本発の発明であるのは、何となく嬉しいものですね。

日本統計機のサイトでは、ホワイトボード誕生秘話が掲載されています。
http://www.nikky.co.jp/whiteboard_new/rekishi.html


この稿はタイトルがサインペンの歴史として始まったので、色々なサインペン(フェルトペン)の歴史を書いてきましたが、最後にサインペンの構造と種類をおさらいしておきたいと思います。

先ずペン先のフェルトの形状によってペンの呼ばれ方も違ってきます。

先端が丸く細い物はサインペン、太い物はマーカー、バラバラにほぐれていれば筆ペン。マジックは太く角張っているいめーじですね。

次にインクの収納方式として、本体軸内部の空間に直接入れる直液式と、インクを含ませた中綿を本体内に入れる中綿式があります。

透明樹脂材を使って中味のインク液量が分かるタイプは直液式ですね。インクの残りが見えるタイプで、多くの製品で、インクが出すぎないように、タンク部とフェルト芯の間にジャバラがあってインク量をコントロールしています。

中綿式の場合、中綿に直接刺さったフェルトを通してインクがペン先に伝わります。一部の水性ボールペンなどでも使われています。

その他、特に粘度の高いインク用に、フェルトを紙に押しつけ内部のバルブを押し開けることでインクの浸みだしてくるタイプの物や、中のタンク内に撹拌用のボールの入った物もあります

旋盤


ボールペンでもそうですが、サインペン、マーカーのインクの溶剤には水性タイプと油性タイプがあります。

さらにそれぞれのタイプが染料系と顔料系の着色剤に分かれています。

溶剤と着色剤の関係は、液体の溶剤の中に着色剤を溶かし込んだ物がインクとなる訳で、お風呂のお湯と入浴剤のような物でしょうか。

染料と顔料はどちらも着色剤でありますが、大ざっぱに言うと水または溶剤に溶けるものを染料といい、溶けないものを顔料といいます。

一般的に、染料は、布等を染める材料であり、顔料は、塗料や化粧品などで使用されています。

ぺんてるの筆ペンでは、染料と顔料の両方のタイプが販売されています。

マーカーでもガラスや金属にも書けることを売りにしている物は油性で、紙を前提としたサインペンや筆ペンには水性がよく使われています。

先にも述べましたが、フェルトペンの元祖である寺西化学のマジックは油性、ぺんてるのサインペンは水性でした。

その他で、段ボールなどによく使われているゼブラのマッキーは油性、ポスターやポップ書きによく使われる三菱のポスかは水性ですね。

貫通穴


ところで、多くのサインペンを観察してみると、本体のどこかに小さな穴や溝が空いているものがあります。

この溝や穴は本体内の圧力と外部の圧力を同圧にするために開いており、これによってインキをスムーズに出し続けることができます。

また、本体からキャップを抜く時、本体とキャップの間の空気圧が低くなりますが、この穴がないとインクが中から引っ張られて飛び出してしまいます。

ここ数回で書いてきたサインペンの構造についての記述は、主に日本筆記具工業会のサイトから引用しました。

http://www.jwima.org/markingpen/00markingpen_index/00-1markingpen.html

今年(2013)はぺんてるのサインペンが発売50周年だそうです。50周年記念製品なんかも出ているようですよ。

マーカーの類は比較的構造も簡単なので、多くのメーカーから実に多くの種類のペンが出ています。今ではその内のかなり多くが海外メーカー製品もしくは日本メーカーの海外工場製ですが、今日も世界中で便利に使われています。

(おしまい)



 

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