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ペリカン社について

ペリカンの設立は、1838年。ドイツのハノーバーでドイツ人の化学者
カール・ホルネマン(Carl Hornemann1811年-1896年)が絵具とインクの
工場を設立しました。

1838年と言えば、江戸時代後期の天保8年。古いです。鉛筆メーカーを
除けば、筆記具メーカーとしては最古参ですね。

と言っても、創業当時は筆記具は作っていなかった事になります。
文字自体は紀元前からあったし、羽ペン、ガラスペンや活版印刷も当時
既にあったので、筆記具メーカーよりもインクメーカーの方が存立が
早かったのですね。

ウォーターマンが万年筆を発明するのが1884年ですから、それより半世
紀も前からペリカンはインクメーカーとして存在していた。
たぶん羽ペンなどに使うインクだったのでしょうか。

実際、ペリカンが初めて万年筆を発売したのは1929年。パーカーの
デュオフォールド(1921)、モンブランのマイスターシュテュック(1924)
が発売され、万年筆が一般に広まってきたタイミングで、老舗のインク
メーカーとして万年筆の製造に打って出たことになります。


ペリカンのサイトによると、1838年の4月28日に初めて価格表を発行した
日を創業記念日としたとあります。

そこから万年筆を発売する1929年までの90年間、ペリカンはインクと
絵の具のメーカーとして発展します。初期にはペリカンの名は使われて
おらず、創業者名のカール・ホルネマンが社名でもあったようです。

1863年から工場長としてペリカンで働いていたギュンター・ワーグナー
(Gunther Wagner 1842-1930)が、1871年には会社そのものを引き継ぎ、
社名もギュンター・ワーグナーになります。

1878年にはワーグナー家の家紋であったペリカンのロゴを、ドイツで
最初の商標として登録します。

1881年にはヨーロッパ諸国への営業担当としてフリッツ・バインドルフ
(Fritz Beindorff 1860-1944)が入社。1888年にギュンター・ワーグナー
の長女と結婚し、会社を引き継ぎます。

フリッツの元で会社は拡大し、筆記用のインクと絵の具だけでなく、
印刷用インクや、スタンプ用のインクパッド、のり、インク消し等に
製品を拡充し、販売網もヨーロッパ各地へ拡大していきます。

ドイツのサイトを見ると、1896にはインドインク(墨)を発売して
ヒットさせたとあります。面白いですね。

1904年には、接着材ペリカノールを発売。紙用の接着材としては、当時     の革命的な製品でした。     1906年には、ハノーバー郊外に広大な敷地を購入し、今もハノーバーの     歴史的建造物として保存されているお城のような工場を建設しました。     

1880年代から1890年代には、販売されるインクの種類はかなり細分化
され素材や用途によって多岐にわたるラインナップだったようです。

ペリカンジャパンのサイトを見ると、当時の価格表には例えば、炭疸菌
インク、皇帝インク、首相インク、記録保存用インク、香水入り女性用
インク、オフィス用インク、学校用インクなどの記述があったそうです。

1884年にウオーターマンが万年筆を開発すると、その数年後には万年筆
用インクの製造を始めていました。

1901年にはペリカンのインクの中でも有名な4001シリーズを発売し、
記録的な売上げを上げました。このインクはペリカンの歴史の中でも
最も人気が高く、現在でも世界中で販売され続けています。

1904年には、接着材ペリカノールを発売。紙用の接着材としては、当時
の革命的な製品でした。

1906年には、ハノーバー郊外に広大な敷地を購入し、今もハノーバーの
歴史的建造物として保存されているお城のような工場を建設しました。


ペリカンジャパンのサイトには以下のような文章があります。(要約)
-------------------------------------------------------------
第一次世界大戦後、万年筆のインク供給方法は「圧とレバーを使う自己
吸入式」と「スポイトを使用してインクを入れる式」でした。

それに対し、ハンガリーの技術者テオドール・コヴァックがディファ
レンシャル・ギアを用いたピストン式吸入機構と、インクのボタ落ちを
防ぐための予備のタンク付きインクフィーダーを開発しました。

1927年に彼はこの特許をギュンター・ワーグナーの会社に売却し、
ワーグナーは1929年にこの特許を彼の会社名で再取得しました。
--------------------------------------------------------------

ごめんなさい。「自己吸入式」や「ディファレンシャル・ギア」が
どんな物かは分かりません。

まあとにかく、今もペリカンを始め多くのメーカーが採用しているピス
トン式インク吸入方(ペンの尾栓ネジをいったん緩め、インク壺にペン
先を浸し、尾栓ネジを再度締めるとインクが入ってくる)がこの時に開発
されたようです。

そしてその1929年に、「透明ペリカン万年筆」が発売され、ペリカンは
万年筆メーカーになります。


1929年に初めてペリカンから発売された万年筆には、特に名前やモデル
名が無く、単に Pelikan Fullhalter(ペリカン万年筆)と呼ばれました。

現在のペリカンと言えばカラーと透明色の縦縞柄の本体が有名ですが、
この最初の万年筆では縞はなく、胴軸とグリップの間の短い距離が透明
樹脂でインクが見えるようになっていました。

価格は13.50マルクで、比較的高額な部類に入る価格でした。

その後何種類かのモデルが出て、それぞれに100番台の品番が付けられ、
基本形の100は胴軸がマーブル柄のカラーで緑、黒、グレー、赤、青、
黄のカラーがあったようです。

101番は透明部のないバージョンでトカゲ柄などもあり、111は胴軸や
リングなどの部品に金を使ったバージョンだったそうです。

その他「トレド」や「ラッペン」「アイビス」と呼ばれたシリーズや、
200番台、シャープペンシルなどが発売されました。

そして1937年には100の後継機として、ペリカンの特徴である透明縦縞
の100Nシリーズが発売され、1954まで製造されました。


1950年、ペリカンは万年筆の400を発売します。1965年まで生産された
この400は、今でも中古がヴィンテージ物として流通している名作です。

400の高級バージョンとして、キャップを金メッキにした500、キャップ
を14金にした600、さらに全体を14金にした700までが発売されました。

親子ペリカンのロゴは100の時から刻印されていましたが、ペリカンの
くちばしをイメージしたクリップは400から採用されています。

また1952年には400の廉価版として140が発売され、1955年にはボール
ペンも発売し、ペリカンは総合筆記具メーカーになります。

1960年には、児童用の万年筆としてペリカーノが発売されます。 現在
も可愛らしいプラスチック製品として発売されているこのシリーズは、
協育研究者と共同で開発され、当時はアルミのキャップでした。

児童用のペリカーノと同じデザインで、大人用に金ペンを採用したP15、
P25と言った製品も当時発売されたようです。

このように戦後しばらくまでは好調だったペリカンの万年筆ですが、
その後ボールペンの普及と共に冬の時代に入って行きます。


第二次世界大戦後、アメリカから広まったボールペンは世界を席巻し、
一時市場から万年筆はほとんど閉め出されてしまいました。

1965年に400シリーズが生産終了になると、1982年までの間、一時的な
復刻版を除いて、ペリカンでは万年筆の製造が中止されていました。

日本ではペリカンと言えば万年筆のイメージがありますから、万年筆を
作らないペリカンは倒産するしかなさそうな気がします。

ただそれはあくまで日本でのイメージであり、世界的にはペリカンは
先ずインクメーカーであり、筆記具用のインクの他にプリンター用の
インクも製造しています。

そして筆記具メーカーとしても、万年筆屋というよりは総合筆記具メー
カーで、特に学童用の筆記具に強いメーカーです。

ペンの他に、絵の具や糊、インク消し等、実は万年筆が無くても大丈夫
な会社なんですね。

ペリカンドイツのサイトを見ると、1973年には新工場を設立し、翌年の
1974年には手書き筆記体の標準書体を教育関係者と共同で発表したり
しています。

1978年には体制を株式会社へ移行するなど、万年筆が無い時期のペリ
カンも確実に歩を続けていました。


いっとき市場から姿を消した万年筆ですが、1980年代になると、徐々に
人気が復活してきます。

と言っても以前のような実用向けではなく、個人的な手紙や署名をする
際のステイタスシンボル的な使われ方での人気の復活です。

ペリカンは1982年に現行モデルであるスーベレーンシリーズを発売し、
万年筆市場に再登場を果たします。


スーベレーンシリーズで万年筆を再発売したペリカンは、一方でペリ
カーナジュニアのような学童向けにも力を入れつつ、万年筆市場におい
てはマニア向けの高級品指向を強めていきます。

1993年には最初の限定版「ブルーオーシャン」が5千本限定で発売され、
それ以降いろいろな限定万年筆が発売されます。

例えば「世界の七不思議」シリーズや「文明の偉業」シリーズと言った、
トピックに沿った限定品が生産されましたが、それらはスーベレーン
よりも装飾の手の込んだ、より豪華な高級品でした。

2002年には「ベルリン」と「ストックホルム」が発表され、世界の都市
をテーマにしたシリーズが販売され始めました。


クアラルンプール

2007年に発売された「マジェスティ」は、ストライプの溝が彫り込ま
れた純銀製の胴軸を持つ最高級モデルです。翌2008年には、ペリカン社
創立170周年を記念して、キャップに3つのダイヤを埋め込んだマジェス
ティが170本限定で発売され、瞬く間に完売しました。

現在、ペリカンのサイトを見ると、限定版を含めて驚くほどの種類の
万年筆が紹介されています。日本で加工されたであろう蒔絵品は、その
まま「Makie」と言う名前で出ています。


今回は、ペリカンのロゴマークの変遷について少し見ていきます。

1878年、インクメーカーだったギュンター・ワーグナーが、ワーグナー
家の家紋のペリカンのロゴを、ドイツで最初の商標として登録します。

ペリカンの親子像はヨーロッパでは古来より母性愛の象徴とされており、
その頃のロゴデザインは今よりも絵画チックで、雛の数は3羽でした。

1929年に万年筆100が発売されてからは天ビスに、400Nからは天ビスと
ペン先にペリカンマークがあしらわれています。

雛の数は、ワーグナーの第4子が誕生した時は4羽まで増えたりもしま
したが、その後ロゴとしての描きやすさからか徐々に数が減り、現在は
1羽になっています。

デザイン的には、やはり現代に近づくにつれて幾何学的な感じになって
きていて、最近の物はそれだけを見るとペリカンの親子と分からない位
になっています。

ペリカンでは2013年に、創立175周年を記念して、ブランドヒストリー
ブックを出版しています。ペリカンのロゴの変遷もその本の中に詳しい
ようです。(ドイツ語版と英語版の本です)

アマゾンでも買えるようですが、ペリカンのサイトにもそのさわりが
紹介されていて、初期のデザインを見ることができます。


長く続いたペリカンについての連載もいよいよ最後になってきました。

1978年に株式へ移行したことは先述の通りですが、その頃のペリカンの
事業はインク、筆記具の他にプリンターやプロジェクター、ホビーや
ゲーム用品から化粧品までかなり多岐にわたっていたようです。

そして1982年から1984年にかけて株式と事業部の多くが分割売却され、
1986年からはスイスに本部を置くペリカンホールディングがグループ
会社の株式を管理するようになります。

1996年にはマレーシアのGOODACE SDN BHDと言う会社がホールディング
の最大株主となり、ペリカンはマレーシアの会社になります。

筆記具部門は依然としてドイツのハノーバーにあり、グループ各社の株
はスイスのホールディングが管理し、ホールディングの株はマレーシア
の会社が持つという分かりにくい構図になったわけです。(合ってる?)

本体には紆余曲折もあったようですが、筆記具オフィス部門のペリカン
としては、2003年にハノーバーに新社屋も建て、2009年には糊ブランド
としてペリフィックスを作るなど、精力的に活動を続けています。


ペリカンの、ドイツ語や英語版のホームページを見ると、大きく5つの
部門に製品が分かれています。

高級筆記具部門、一般筆記具部門、絵の具とサインペン部門、プリンタ
用イング部門、糊や修正液・スタンプ台などのオフィス部門です。

このうち日本語に翻訳されているのは高級筆記具部門のページだけで、
日本語で普通にペリカンと検索すると、他の部門は出てきません。

日本のペリカンジャパンが輸入しているのも、高級万年筆の他はごく
一部のペリカーノジュニアがあるだけです。

この欧米のサイトで一般筆記具のページを見ると、かなりの品数の筆記
具があり、いずれもカラフルでポップな、万年筆からは想像できない
ようなオシャレな製品が並んでいます。

特に学童用のペンには力を入れており、学童だけでなくその父兄や教育
関係者への啓蒙活動も盛んに行っているようです。

残念ながら日本ではほとんど買えないようなので、写真を載せておきます。


ながくペリカンについて書いてきましたが、最後に現在のペリカンの
代表的なペンをいくつか紹介して、連載を終わりにしたいと思います。

ペリカンのサイト上にあるオンラインカタログを見ると、ページ数で
100ページ以上、ペンの種類でも20以上のシリーズがあり、それぞれの
カラーバリエーションなどを考えると膨大な種類のペンが存在します。

しかもそれはあくまで日本に入ってきている高級品だけで、ドイツ等で
販売されている学童品、一般品を除いた数です。

大まかに言って一般品と限定品に分かれるのですが、限定品は大体20万
円から100万円位で、全世界向けに数百本位が一度に作られるようです。

「文明の偉業」「Jubilee」「MAKIE」「RADEN」「世界の七不思議」等
のシリーズがありますが、「MAKIE」「RADEN」は日本の蒔絵、螺鈿です。

ドイツのページでも紹介されていましたから、よくある日本だけの
限定ではないようです。日本の技術が世界で認められているんですね。

一般品では「DUCTUS」「MAJESTY」「SOUVERAN」「TOLEDO」「CLASSIC」
「EPOCH」「PURA」などのシリーズがありますが、なんと言ってもペリ
カンの代名詞は「SOUVERAN」です。

大きさによってM300からM1000に分かれていて、大体価格は3万円から
6万円位。縞模様が有名ですが今は色々なバリエーションも出ています。


ペリカンジャパンのページには載っていない学童品、一般品も、ネット
で見るといくつか日本に入ってきているようです。

高級万年筆以外で有名なのは、やはりペリカーノジュニアですね。ペリ
カンでは、子供用に小振りで持ちやすく可愛い万年筆を発売しています。

まるで日本のお習字のように、子供の頃から万年筆できちんとした字を
書きましょうという活動をしています。

欧米のペリカンサイトでは、子供向けのページが充実していて、

若者向け、オフィス向け商品ではカラフルでポップなデザインの低価格
筆記具を出していて、ボールペンや蛍光ペンなども販売しています。

一部のネットショップでは、これらの商品も買えるようです。

また、2011からはポルシェとのコラボ製品として「ポルシェデザイン」
のブランドで高級筆記具を販売しています。

ポルシェは色々な業界のメーカーとコラボをしているようですが、筆記
具業界では数年前まではファーバーカステルと組んでいましたね。

ペリカンブランドの万年筆は樹脂製ですが、ポルシェデザインでは車の
ボディを連想させるクールな感じの金属製のペンになっています。

(おしまい)

 



 

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