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シャープペンの歴史

シャープペンシル製造の歴史は、鉛筆や万年筆製造の歴史に比較すると新しいもので、1822年に英国のホーキンスとモーダンが共同で特許を得た繰り出し鉛筆がシャープペンシルの元祖と言われています。

次いで1837年にアメリカのキーランがエバーシャープ(EVER SHARP)と言う商標で製造、発売したものが実用筆記具としてのシャープペンシルの最初の製品であると見られています。

その後ドイツのクルップ社が、その得意の機械力にものを言わせて大量生産を始め、日本にも1877年(明治10年)前後に初めて輸入されました。

この近代的な筆記具が明治の文明開化の風潮に乗り、驚異的な魅力を持って当時の知識人に受け入れられたそうです。

エバーシャープ

そしてドイツ及びアメリカから、このシャープペンシルが輸入されると、さっそく手先の器用さを発揮して1879年(明治12年)ごろ、当時の東京の浅草、向島方面で貴金属類の細工を生業とする飾り職人による手工業的な制作方法で、一本、二本と模造製作されるようになっっていきました。


当時のシャープペンシルは、その使用資材がいずれも銅、鉄などの金属類で(あるいはセルロイドなどの樹脂類)、軸に山水、花鳥等の彫刻を施した工芸品的な物が多く、それらの物は大正期に入ってシャープペンシルが輸出されるようになると、諸外国に喜ばれたそうです。

シャープペンシルが、このように純然たる手工業的な製作方法から、プレス加工等による機械的な方法によって生産されるようになったのは1902・3年(明治35・36年)頃からで、その後10年位を経て、東京の向島、浅草、葛飾付近を中心としてシャープペンシルの製作を専門とする小工場が多く立ち上がっていきました。

1915年(大正4年)早川金属工業が「早川式繰出鉛筆(プロペリングペンシル)」を発売。翌年1916年芯をさらに細いものに改良し、「エバー・レディ・シャープ・ペンシル」と改名しました。

この製品は、それまでのシャープペンシルを、金属製の内部機構に大幅に改良した物でした。最初国内では売れなかったようですが、逆に海外から多くの注文が入るようになり、徐々に国内でも売れ行きを増して行きました。

この「エバー・レディ・シャープ・ペンシル」の発明者である早川徳次こそが現在の家電メーカー「シャープ」の創業者であり、社名の由来もここにあります。

早川復刻シャープ

この早川徳次氏のシャ−プペン工場については後日談があります。

早川式シャープペンシルは、先ず欧米で売れ始め、やがて日本でもヒット商品となりました。徳次は、当時は先駆的な試みだった流れ作業を工場に導入し、会社の規模も従業員数が200名を越え、大きくなっっていきました。

しかし1923年、関東大震災が発生。本人は九死に一生を得るも、家族も工場も失ってしまいます。残った債務の返済のため、シャープペンシルの特許を日本文房具に売却し、一文無しとなりました。

徳次は、心機一転、大阪へと移り、1924年に早川金属工業研究所を設立。
これが、現在のシャープとなりました。

この徳次が作った初代シャープペンシルは現在もシャープ株式会社で保管されているそうです。


大正の末期から昭和の10年頃までは、日本の繰り出し式シャープペンシル製造業界は順調な発展を遂げ、東京を中心に全国で100以上の工場があったそうです。

しかしその後、昭和12年の日中事変の勃発を機に、海外各地での排日運動により輸出量が減少し、同時に国内では物資の統制もあり、生産量は著しく落ちていきました。

太平洋戦争中は『価格等統制令』などの規制や原材料の不足、さらに徴兵による労働力不足によって生産はストップし、東京大空襲などでは多くの工場も焼失してしまいます。

日本の製造業は戦後の焼け野原の上から再出発することになります。

戦後しばらくは、シャープペンの国内需要は戻ってきませんでしたが、焼け残った工場で生産を再開したシャープ生産者は、海外への輸出を伸ばすことにより徐々に復興をしていきました。

そしてその後、シャープペン業界にとって一大転換が2つの技術革新によって起こります。

イギリスでシャープペンシルが誕生した1822年から、太平洋戦争後の昭和30年代まで、シャープペンの芯を出す仕組みと言えば、繰り出し式でした。
家電メーカーシャープの創業者早川徳次が大正時代に販売していたのも、もちろん繰り出し式です。

戦前までは鉛筆の芯に近い太さ2mm前後の物だったはずです。それが戦後になると、ドイツから輸入された0.9mm芯が中心的に使われていました。

この繰り出し式が、現在のノック式に変わったのが昭和30年代なのですが、これだけの一大転換でありながら、不思議なことにノック式の発明者や正確な時期などは一般に伝わっていません。

色々調べると、1960年(昭和35年)頃に国産メーカーによってノック式が開発されたという記述が散在しています。
その後各社から発売されているようなので、特許による独占などもなかったのでしょうか。

たぶん、先金の先端にゴムチップのないドロップ式が先ず開発され、その後に、芯がストンと落ちるのをゴムチップで防ぐ方式が開発されたのではないかと思いますが、この部分はあくまで想像です。

最初の0.9mm芯のノック式はあまり広まらなかったようですが、その後0.5mm芯が開発されると人気に火がつき、広く普及していきました。

1960年に当時の大日本文具(現在のぺんてる)が、これまでの黒鉛粘土芯に替わる0.9mmのハイポリマー芯(高分子焼成芯)を開発します。

それまでは、鉛筆と同じ粘度と黒鉛を練って焼いた芯を使用していましたが、技術的にあまり細い芯を作れず、強度も不十分でした。

ハイポリマー芯は、高分子有機化合物を黒鉛とよく練り約1000℃で焼き、焼成中に有機物の結合剤が分解して炭化するため、焼き上がった芯全体が炭素の塊となったもの。・・・とのことです。

高分子有機化合物とは多数の原子が共有結合してできる分子である複数のモノマー(単量体)が重合する(結合して鎖状や網状になる)ことによってできた化合物のこと。・・・・

正直、なんのことやらさっぱり分かりません。(T_T)
要するにプラスチックを焼いてできた炭、と言うことらしいです。(汗)

粘土芯に比べて、なめらかで強度が高く色が濃いという特徴を持ち、より細い芯も作れるようになります。

さらに1962年に芯の太さが0.5mmのタイプが発売されると、時を同じくして開発されたノック式との組み合わせが受け入れられ、シャープペンシルは人々に広く使われるようになっていきました。

細かい漢字を含む日本語を書くには、0.5mmがぴったりだったのですね。


昭和30年代半ばに0.5mmのポリマー芯と、回転繰り出し式に変わるノック式が登場して以降、昭和40年代は堅調にシャープペンの需要は伸びていきました。

そして昭和50年代に入り、ゼブラから2つのエポックメイキング的製品が発売されます。

1977年(昭和52年)、シャープペンシルとボールペンを一体化した新商品「シャーボ」の発売と、1980年(昭和55年)の100円シャープペンの発売です。

シャーボは、シャープとボールペンを1本にまとめた革新的な商品として開発され、「右に回すとシャープペン、左に回すとボールペン。1本で2本分」のキャッチコピーで人気を集めました。

シャーボ

ちなみに、新宿区にあるゼブラの本社社屋は、業界ではゼブラ御殿と呼ばれています。

ゼブラのシャーボは回転切り替え式(ロータリ式)ですが、現在世界では構造が簡単な振り子式の方が主流になっていますが、それ間また別の機会にお話しします。

100円シャープの衝撃は、私自身今でも鮮明に覚えています。

それまでは、シャープペンというのは金属製で、子供や学生にはなかなか手の届かない、大人が持つ洒落たアイテムでした。

ゼブラは、本体をプラスチック成型にすることで、今まで2,000円位が中心価格帯だったシャープペンを、一気に低価格商品に変えてしまいました。

それ以後、大手各社からプラスチック製の低価格シャープペンが発売され、現在の隆盛に繋がっています。


プラスチック製のシャープペンシルが普及した1980年代以降、色々な機能を持つ製品が次々に開発されました。

ノック時にペンを持ち替える必要がないよう、ノックボタンが本体の側面についたサイドノック式。ぺんてる製が多いようです。
本体をくの字に曲げてノックするなんてのもありました。

ぺんてる

一度書き出したら、その芯を使い切るまで次のノック無しで芯が自動的に出てくるオートマチック式。ゼブラのフリシャをはじめ、今も各社から出ているようですね。

フリシャ

パイロットのフレフレは、振ると芯が出てくる方式。カタカタうるさいので、授業中などは使いにくかったりしました。
他社からもフリフリ、シャカシャカなどの名称で出ています。

フレフレ

シャープにつきまとう最後の残り芯の問題を限りなくゼロに近づけた、プラチナのゼロ芯。

ゼロシン

ただ、これらの構造の多くは今も発売はしていますが、どれもイマイチ一般的に定着したとまでは言えないようです。


私が考えるのにその共通の理由は、構造を複雑にすると価格が高くなることに加え、故障も多く、芯が折れやすくなるためでしょうか。

色々な機能のシャープぺんがいまいち普及しないのは、普通に頭をノックするシンプルな構造のものが、結局一番安く、故障も少なく面倒がないからでしょう。 折れ芯を抜き取るのも、慣れないと大変ですからね。

そして高い値段を払うくらいなら、従来の物でいいやという心理。
言い換えれば、ちょっと高くてもそっちじゃなきゃ厭だとまで言える物ではなかったと言うことでしょうか。

さらに、開発した会社が利益重視で特許を固めてしまうと、その機能が広く普及せずに、いつの間にか終わってしまうなんてこともあるのではないでしょうか。

ノック式が世に出た時に、その方式を1社が特許で独占しなかったのが、シャープの普及を助けたことが思い出されますね。

そして今年2009年に大ヒットしている三菱のクルトガ。自動で芯が少しずつ回転し片減りがしないという物。

クルトガ

一時のブームで終わるのか、定着してスタンダードな機能になるのか、今後に注目ですね。

いずれにしても、今後もシャープペンは日々進化し続けて、我々の生活を彩っていくのでしょう。



 

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