シャープペンシルの歴史2

シャープペンシルの歴史2>

当時のシャープペンシルは、その使用資材がいずれも銅、鉄などの金属類で(あるいはセルロイドなどの樹脂類)、軸に山水、花鳥等の彫刻を施した工芸品的な物が多かったそうです。
それらの物は大正期に入ってシャープペンシルが輸出されるようになると、諸外国に喜ばれたそうです。

シャープペンシルが、このように純然たる手工業的な製作方法から、プレス加工等による機械的な方法によって生産されるようになったのは1902・3年(明治35・36年)頃からで、その後10年位を経て、東京の向島、浅草、葛飾付近を中心としてシャープペンシルの製作を専門とする小工場が多く立ち上がっていきました。

1915年(大正4年)早川金属工業が「早川式繰出鉛筆(プロペリングペンシル)」を発売。翌年1916年芯をさらに細いものに改良し、「エバー・レディ・シャープ・ペンシル」と改名しました。

この製品は、それまでのシャープペンシルを、金属製の内部機構に大幅に改良した物でした。最初国内では売れなかったようですが、逆に海外から多くの注文が入るようになり、徐々に国内でも売れ行きを増して行きました。

この「エバー・レディ・シャープ・ペンシル」の発明者である早川徳次こそが現在の家電メーカー「シャープ」の創業者であり、社名の由来もここにあります。

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この記事は2009年5月初掲 【ボールペン工房キリタの工房便り】