ボールペンの歴史の4

ボールペンの歴史の4>

第2次世界大戦後、世界中でボールペンは製造されるようになります。

多くの万年筆メーカーや鉛筆メーカーが製造を開始しますが、その中でも最も多くの本数を生産し、世界でボールペン製造の中心となったのは、フランスのBICでした。

オレンジがかった黄色軸のボールペンは、今でも低価格ボールペンの代名詞的な存在ですね。


一方日本では進駐軍が持っているボールペンを見て、欧米の技術力の凄さを実感した人が当時は多かったそうですね。(筆記具業界では、良く聞く話です。)

1947年には、普及キャンペーンのため世界一周中の飛行機が日本に立ち寄り、明治神宮の旧練兵場上空から、たくさんのボールペンをばら撒き、話題になったそうです。

これを手に入れた万年筆製造者らが生産を開始し、1947年頃には国産ボールペンが出回るようになってきました。


しかし最初の頃のボールペンは、見よう見まねで作っていますので、なかなか品質的に良いものが出来なかったそうです。

そんな中、1949年にオート社(OHTO)が、初めて鉛筆形のボールペンを発売し、2年後の1951年には、現在とほぼ同じような実用的なボールペンになり、国産ボールペンの普及への第一歩をしるしました。

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この記事は2011年2月初掲 名入れボールペンの【ペン工房キリタ】