パーカーについて、その3

パーカーについて、その3>

パーカーはその後もペンの内側の形状を工夫するなどしてインク漏れをさらに改善して行きました。

私が見つけた英語の記事によると1898年に「スリップオンペンキャップ」を開発。翌年にはインクが漏れない継ぎ目無しの本体軸を開発した、などの記述があります。

1905年、これらの仕組みを取り入れた「ブラックジャイアント」を発売。これはデュオフォールドの前身に当たります。
さらにその記事によると、第一次大戦中には、アメリカ戦争省(war department)が、塹壕用のペンとしてパーカーと契約したと言う記述があります。

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ペン本体の中に黒のペレットを入れておくと吸い込んだ水が着色され、インク代わりに使えるため、兵士が塹壕の中で使ったとあります。

ペレットを辞書で引くと1)紙・ろう・餌などを丸めた小球、2)小弾丸、3)丸薬、4)吐瀉物、とあります。この場合は小弾丸でしょうか。
よくわかりませんが、面白い話ですね。

1910年代にはパーカーの2人の息子、ラッセルとケネスも会社に加わります。塹壕ペンのおかげもあり戦争中でも売上げを落とすことなく社業は発展していきます。

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この記事は2012年7月初掲 名入れボールペンの【ペン工房キリタ】